河野有理著――日本人は歴史にどんな「国のかたち」を託し
たのか
河野有理著『日本史はいかに物語られてきたか』は、古代から現代までの出来事を順番に説明
する一般的な日本史の本ではありません。
本書が取り上げるのは、主に戦後の知識人たちが、日本の歴史をどのような視点で解釈し、
そこにどのような社会の理想を込めたのかという問題です。いわば「日本史そのもの」ではなく、
日本史の見方の歴史=歴史観の戦後史を描いた本です。
2026年5月21日に新潮選書から刊行され、320ページ、税込1,980円です。
「物語られてきた」とはどういう意味か
ここでいう「物語」は、『竹取物語』『源氏物語』などの物語文学を意味しているわけでは
ありません。
歴史を書くとき、私たちは無数にある過去の出来事から、重要だと思う事実を選び出します。
そして、それらを原因と結果で結びつけます。
例えば、明治維新を次のように描くことができます。
日本が近代国家へ成長した出発点
天皇を中心とする国家が形成された転換点
民衆が政治参加を求め始めた時代
欧米の制度を取り入れた文明開化
軍国主義や植民地支配へ向かう出発点
どれも同じ明治維新を扱っていますが、何を重視するかによって歴史の意味は変わります。
このような歴史全体の見取り図を、本書では「史観」として考えます。
つまり、「物語る」とは史実を勝手に作ることではなく、史実を選び、関連づけ、日本の歴史に一つの意味を与えることなのです。
本書の中心的な問題
本書を貫いている問いは、おおむね次の三つです。
1.戦後の知識人は、なぜ日本の通史を書いたのか
かつて歴史を語ることは、単なる知識の整理ではありませんでした。
「日本はどのような国なのか」
「天皇とは何か」
「戦争と敗戦をどう受け止めるのか」
「日本は近代化に成功したのか」
「これからどんな社会をつくるべきか」
こうした問いに答えるために、思想家、歴史学者、作家、社会学者たちは、それぞれの日本
史を描きました。
2.同じ歴史から、なぜ違う結論が生まれるのか
天皇制を守ろうとする人も、批判する人も、天皇の歴史を研究します。
明治国家を成功と評価する人もいれば、その後の戦争につながる体制だったと考える人もい
ます。女性史を研究しても、女性の地位が向上してきたと見るか、長く抑圧されてきたと見
るかで、歴史像は異なります。
本書は、単純に「保守対革新」「右派対左派」に分類するのではなく、それぞれの歴史観に
ある矛盾、共通点、意外なつながりを検討します。
3.なぜ現在は壮大な「史観」が生まれにくいのか
現代の歴史研究は、史料の検証が進み、非常に精密になりました。その一方で、研究が専門
分野ごとに細分化され、一人の書き手が古代から現代までを貫く日本史を描くことは難しく
なりました。
皇国史観やマルクス主義の唯物史観など、歴史全体に方向性を与えた大きな枠組みも、以前ほ
どの影響力を持っていません。
その結果、正確な個別研究は増えましたが、「日本はどこから来て、どこへ向かうのか」を論
じる歴史観は弱くなった――これが本書の重要な問題意識です。中央公論.jpの書評
登場する主な歴史観
本書は、百田尚樹から戦前の歴史家・平泉澄へと、時代をさかのぼるように議論を進めま
す。全17章で、約20人の知識人や作家が取り上げられています。
百田尚樹――『日本国紀』に史観はあるのか
第1章では、百田尚樹の『日本国紀』が検討されます。
題名からは、日本の始まりから現代までを貫く大きな物語が期待されます。しかし河野有理
は、そこには個々の歴史評価はあっても、歴史全体を結びつける明確な「史観」が弱いと
考えます。
この章は百田尚樹個人への批判だけではありません。現代社会そのものが、日本史全体を意
味づける物語を作りにくくなっていることを示す入口です。
渡部昇一と坂本多加雄――天皇と憲法をどう考えるか
渡部昇一は皇室と国体の連続性を重視します。これに対して坂本多加雄は、戦後の象徴天皇
制にも日本の歴史的な来歴を見いだします。
興味深いのは、「天皇を重視する=単純な改憲論」とは限らないことです。歴史的な天皇のあ
り方を根拠として、日本国憲法の象徴天皇制を守る論理も成立します。
本書は、このような保守思想内部の違いを丁寧に読み解きます。
西尾幹二――天皇だけに頼らないナショナリズム
西尾幹二の『国民の歴史』では、国家制度としての天皇だけでなく、日本列島の風土、文
化、生活習慣の長い継続が重視されます。
日本人のまとまりを天皇だけで説明するのではなく、縄文時代以来の文化や風土から説明
しようとする歴史観です。
上野千鶴子――ナショナリズムと女性
上野千鶴子は、近代国家やナショナリズムが、女性の役割をどのように位置づけてきたか
を問いました。
国家が「国民」をつくるとき、男性には兵士や労働者としての役割を、女性には母親や家庭
の担い手としての役割を求める場合があります。本書は、国家・天皇制・家族制度・ジェンダ
ーがどのように結びついてきたのかを検討します。
網野善彦――日本は本当に農業中心の社会だったのか
網野善彦は、「日本人は昔から稲作を中心とする均質な民族だった」という歴史像を問い直
しました。
中世には、漁民、海運業者、商人、職人、芸能民など、農業以外で生活する多様な人々が
存在しました。日本社会は天皇や農村を中心とする一枚岩ではなく、複数の文化と生活圏か
ら成り立っていたという見方です。
ただし本書は、網野史学を全面的に賛美するのではなく、その中にある二面性も指摘します。
山口昌男・吉本隆明・山本七平――天皇制と共同体
この三人は立場が異なりますが、日本社会を支える見えにくい構造を探ろうとしました。
山口昌男は文化人類学から天皇制を分析
吉本隆明は天皇制を「共同幻想」の問題として分析
山本七平は日本社会を動かす「空気」や「日本教」を批判
法律や制度を変えるだけでは、日本社会の深層にある集団意識は変わらないのではないか。
この問題が共通しています。
小松左京と梅原猛――日本を世界の中で考える
小松左京の『日本沈没』と梅原猛の『隠された十字架』は、小説と古代史論という違い
があります。
しかし河野有理は、両者に、狭い日本中心主義を超えて人類や文明の立場から日本を考える
「コスモポリタニズム」を見いだします。
国土が失われても日本人は存在できるのか、日本文化は外来文化との交流によって形成され
たのではないか、といった問いにつながります。
松本清張と司馬遼太郎――国家と公共性
松本清張の『象徴の設計』と司馬遼太郎の『坂の上の雲』は、ともに明治国家を扱いますが
、焦点が異なります。
松本清張は官僚機構や国家権力の設計に注目します。一方、司馬遼太郎は、明治の人々が
国家の公共的な目的に参加した時代として描きます。
同じ明治時代でも、「官」の支配を見るか、「公」の精神を見るかによって、歴史像は大き
く変わります。
遠山茂樹と家永三郎――マルクス主義歴史学
戦後には、社会の変化を階級対立や生産関係から説明するマルクス主義歴史学が強い影響
力を持ちました。
この歴史観では、明治維新、日本資本主義、天皇制、軍国主義などが、一つの歴史的な発展
過程として説明されます。
ただし、戦後の高度経済成長や社会の変化によって、単純な階級史観だけでは説明しにくい
問題が増えていきました。本書は、この史観が転換していく過程も追います。
山川菊栄と高群逸枝――女性史の対決
両者はともに女性の歴史を扱いますが、その考え方は異なります。
山川菊栄は社会主義的な立場から、階級や家制度の中における女性の生活を分析しました
。高群逸枝は、古代の母系制などに注目し、日本女性が本来持っていた力が後に失われたと
考えました。
「女性は歴史の中で一貫して抑圧されてきたのか」「かつて女性の力が強い時代があった
のか」という、女性史の基本的な対立が示されます。
本書が伝える最も大切なこと
本書は、どの歴史観が唯一正しいかを決定する本ではありません。
歴史的事実を尊重しながらも、それをどう結びつけ、どう意味づけるかについては、複数
の見方があり得ます。重要なのは、それぞれの史観の前提を知り、比較し、議論することです。
かつて日本史を書くことは、「どのような国をつくるか」「自分はどう生きるか」を考える
ことと結びついていました。
ところが現在は、事実確認の正確さが重視される一方で、過去と現在、そして未来を結ぶ
大きな議論が避けられがちです。河野有理は、異なる歴史観が自由に競い合う場を、もう一
度取り戻せないかと問いかけています。
『資本論』との関連
荒井さんが学習されている『資本論』との関係で読むと、特に遠山茂樹、家永三郎、山川菊栄
の章が重要です。
マルクス主義の歴史観は、歴史を次の要素から説明します。
生産力と生産関係
階級対立
労働と所有
国家権力
社会制度の変化
これは、天皇や偉人を中心に日本史を描く方法とは大きく異なります。しかし本書は、唯物
史観もまた、事実を選び歴史全体に方向性を与える一つの「物語」であると考えます。
ここでいう物語は「作り話」という意味ではありません。社会をどう理解し、未来をどう展望するかという歴史の枠組みです。
読むときのポイント
20人前後の思想家が登場するため、歴史思想に慣れていない読者には、やや難しい本だ
と思われます。最初から人物名をすべて覚える必要はありません。
次の三点に注目すると理解しやすくなります。
その人物は日本史の中心に何を置いたのか
天皇、民衆、階級、女性、風土、家族、文化など。その歴史観から、どのような日本社会を望んだのか
国家の維持、民主化、社会主義、女性解放、多元的社会など。その人物は、何に反対していたのか
皇国史観、マルクス史観、国家主義、近代化論、男性中心史観など。
まとめ
『日本史はいかに物語られてきたか』は、過去の出来事を覚えるための歴史書ではなく、歴史を語ることの意味を考える思想史の本です。
本書の要点は、次のようにまとめられます。
歴史は事実の羅列だけでは成立しない
何を重視するかによって、異なる日本史が生まれる
戦後の知識人は、歴史の中に理想の国家や社会を託した
天皇制、近代化、階級、女性、風土などが史観の中心となった
現代は専門化によって、大きな歴史物語を描きにくくなった
一つの史観を絶対視せず、複数の歴史観を比較することが重要である
この本は、「本当の日本史はどれか」と答えるよりも、私たちは、どのような日本の過去と未来を語りたいのかと読者に問いかける一冊だといえるでしょう。

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